生物多様性シンポジウム「絶滅しそうな昆虫を守るために」

質疑応答集
 

伊丹市昆虫館・NPO法人日本チョウ類保全協会 共催

2020年12月19日開催 (オンラインシンポジウム)

 
 12月19日に開催いたしました「生物多様性シンポジウムー絶滅しそうな昆虫を守るためにー」は、下記のプログラムで行われました。非常にたくさんの方々にご参加いただき、誠にありがとうございました。
 各発表でいただきましたご質問につきまして、質疑応答集としてQ&A形式でまとめましたのでご活用ください。

プログラム

13:00 開会の挨拶               奥山清市(伊丹市昆虫館 館長)

13:10 「昆虫館における絶滅危惧昆虫の生息域外保全活動」
 1) フサヒゲルリカミキリ、オガサワラハンミョウ、フチトリゲンゴロウについて   

     田中 良尚 (伊丹市昆虫館 学芸員)

 2) ウスイロヒョウモンモドキ、ツシマウラボシシジミについて

     清水 聡司(箕面公園昆虫館 副館長)

14:00 「アリと共棲するチョウの保全を考える」

               上田 昇平 (大阪府立大学 大学院 生命環境科学研究科 准教授)

15:00 「チョウの個体数の近年の推移」
 1) 日本における絶滅危惧種の現状

          中村 康弘(日本チョウ類保全協会 事務局長)

 2) 普通種もいなくなる? - モニタリングサイト 1000 里地調査の結果から –

   石井 実(大阪府立大学 名誉教授)

16:25 質疑応答
16:55 閉会の挨拶              松村行栄(日本チョウ類保全協会 代表理事)


 
質疑応答集


第1部 「昆虫館における絶滅危惧昆虫の生息域外保全活動」



1) フサヒゲルリカミキリ,オガサワラハンミョウ,フチトリゲンゴロウについて  田中良尚氏(伊丹市昆虫館 学芸員)

Q1:フサヒゲルリカミキリを食べ終わった茎から新しい茎に移す作業を見て思ったのですが,野生では土に潜って移動して新しい植物に到着するのですか?
A1:野外では,フサヒゲルリカミキリ1個体はユウスゲ1株で成長します.ユウスゲの花茎は高さ1.5~2mまで成長し,食べる部分がかなりあるのでしょう.花茎が枯れたあとは,地中にあるユウスゲの塊茎に食い入ることもあるようです.(田中良尚)

Q2:フサヒゲルリカミキリの幼虫に切った花茎を与えるのはなぜでしょうか.植えられた生きたニッコウキスゲを用いれば交換の手間が省けると思ったのですが.
A2:おっしゃるとおりで,生息環境と同じように生きたユウスゲやニッコウキスゲを使えたらいいのですが….伊丹市や足立区(東京)では生息地より気温が高く,フサヒゲルリカミキリの幼虫がふ化する頃には,すでに栽培株の花が咲き終わって,花茎が枯れてしまっているのが現状です.現在遅咲きの園芸品種を探し,試行中ではあります.今年,足立区生物園さんはその遅咲きの園芸品種を使って,鉢植え飼育を試みています.また,フサヒゲルリカミキリ幼虫の入った株を,フサヒゲルリカミキリが羽化して野外に逃亡しないようにどう管理するか?というのも問題です.(田中良尚)

Q3:株を用いた場合にも管理の問題がつきまとうのですね.東京の府中にニッコウキスゲの低地性変種のムサシノキスゲと呼ばれる植物があります.もしかしたらこの変種を用いれば伊丹市昆虫館や足立区生物園でも幼虫の孵化と花茎のタイミングが合うかもしれません.
A3:ムサシノキスゲというのがあるのですね,ご教示ありがとうございます.北陸地方の海岸に生える低地性ユウスゲもあり,その株を入手できれば,とも考えておりました.ありがとうございます.(田中良尚)

Q4:フサヒゲルリカミキリの生息地では,ユウスゲの数も減少しているのでしょうか.
A4:中国地方の生息地では,草刈りの頻度が少なくおっしゃるとおりユウスゲが減少していたようです.現在は地元自治体や団体,日本チョウ類保全協会が草刈りをおこない,ユウスゲ群落も復活しつつあります.(田中良尚)

Q5:フサヒゲルリカミキリ幼虫の餌としてユウスゲが必須と思われますが,(例えば箕面公園昆虫館が餌植物粉末を人工飼料に混ぜ込んでジャコウアゲハを育てたように,)代替飼料の検討は進んでますか?
A5:実はまだ代替飼料については検討も開発も行っておりません.花茎が無くなった際に,応急的に冷凍しておいた花茎を与え,なんとかしのいだことがあります.代替飼料の開発も必要だと考えますが,その飼料を詰める容器もいろいろ試行する必要があります.今年,足立区生物園さんではプラスチック製ストローに冷凍花茎を詰めて与える,ということを試行されていました.あまりいい方法ではなさそう,とのことでした.フサヒゲルリカミキリは近年中の野外復帰も本当に見据えて,できればユウスゲ類の花茎で育てたいと考えています.(田中良尚)

Q6:マルバネクワガタを育てていく上での魅力はなんですか?
A6:誰も得られていないであろう,興味深い生態的な知見を取得することです.ちゃんと成長してくれてデータがとれるなら,はっきりいって体サイズは二の次と考えています.(田中良尚)

Q7:フチトリゲンゴロウについてなのですが,終齢幼虫の上陸のタイミングやその方法について詳しく教えて頂きたいです.またフチトリゲンゴロウの自然環境下における餌生物についてと,幼虫の餌にヤゴを用いた場合とコオロギ類を用いた場合とで飼育の成功率に差が生じるのかをお聞きしたいです.
A7:フチトリゲンゴロウの幼虫は,上陸直前に茶褐色のフンを出すため,そのサインを見逃さないようにして蛹室作製用の土(園芸用ピートモスに加水したもの)に移します.フチトリゲンゴロウの幼虫は野外ではヤゴ専食である,と研究されている先生より聞いています.飼育下でエサにヤゴとコオロギ(スズムシ含む)を与えたもので比較しても,死亡率はどちらもかなり低く,外見上正常な成虫になります.幼虫期間についてはコオロギで育てたものの方が,日数が伸びる傾向にあるようです.体サイズの比較は行ったことがありませんのでわかりません.(田中良尚)

Q8:蛹化のトリガーって音とかも関係ありますか?
A8:季節性のある,季節特有の音(振動)というのは生息地でもないと思います.つまり関係はないのではないかと考えます.(田中良尚)

Q9:野外復帰させるには,現地の生息環境を整えることが必要だと思うのですが,グリーンアノール等天敵?となる外来種の駆除やすでに変化してしまっている植生などとの関係はどうしたらよいのでしょうか.
A9:オガサワラハンミョウの生息地,小笠原ではグリーンアノールの駆除,モクマオウの伐採など,かなり環境改善に努力されていると聞いています.それでも,グリーンアノールの根絶には至らないようです.(田中良尚)

Q10:戦後米軍によるハマダラ蚊撲滅のために徹底的にDDTが散布され,マラリア発症は無くなりました.多くの水生昆虫が絶滅の危機にさらされたと思いますが,年月と共に回復してきました.現在は開発や気候変動が大きな絶滅要因と考えますが,これを保全するためには別の視点で取り組む必要があると考えます.その課題について日本チョウ類保全協会としてどのように対応したらよいか,考えを教えてください.
A10-1: DDTの散布は一過性(もちろん水生生物への影響は甚大だったでしょうが),開発等の環境改変,そして気候変動はこれから永年取り組まなければならない問題だと認識しています.気候変動は昆虫だけではなく,生態系すべてに悪影響を与える問題ですので,人と自然がどう共存していくのか,という点から,多くの方々と連携した取り組みが必要と考えています.(田中良尚) 
A10-2チョウや昆虫類の減少の要因としては,かつては開発や人工林の拡大,そしてご指摘の農薬などの問題が主となっていました.しかし,その後,減少要因も時代とともに変わっており,現在では気候変動(異常気象も含む)や外来種,シカの増加,ネオニコチノイド系農薬などが大きな減少要因となっており,影響が非常に広域にわたり,問題そのものも大きく,解決が非常に困難なものが多いです.そのため,日本チョウ類保全協会では,他の団体や行政その他,多くの方々と連携してこうした悪影響を与える問題にも取り組んでいこうと考えています.(日本チョウ類保全協会)

Q11:ツシマウラボシシジミでは遺伝子多様性の保存の為に50ペアという飼育数をとられていますが,伊丹市昆虫館の保全でも最低何ペアでの飼育などの目標はあるのでしょうか.また,その上限数は単純に予算からの数になるのでしょうか?
A11:現在特に目標値を決めているわけではありません.ウスイロヒョウモンモドキ以外,当館の飼育種は比較的多産な昆虫ではありませんので,現状とりあえずなんとか個体数を増やす,という努力をしています.もちろん,最終的にはスペースと人員の問題(つまり予算ですね)になってくると思います.(田中良尚)

Q12:フチドリ,と聞いている事や,飼育方法を尋ねている事から,フチトリゲンゴロウの事ではなくて,毎年春輸入販売が細々行われているタイ,ラオスに生息する別種の事を質問者はいっているのでは?と思うのですが.
A12:フチトリゲンゴロウという和名は,よくフチドリゲンゴロウと誤記されます.これはネット検索しても「フチドリ」と誤記されたページが複数出てくることでも明らかです.今回他の方からいただいたご質問は,私の講演をお聞きいただいた上でのものと判断し,国産のフチトリゲンゴロウという前提で回答させていただきました.さて,タイ等に分布する東南アジア産のフチトリゲンゴロウは,国産のフチトリゲンゴロウと別種ではないか?とする意見(腹面色調の差異,または遺伝的解析による)が存在することも存じております(東南アジア産のフチトリゲンゴロウについて,フチドリゲンゴロウという流通名があるのかどうかについては,存じません).しかし現在のところその東南アジア産のフチトリゲンゴロウは別種としては記載されておらず,日本国においては国産フチトリゲンゴロウと同種と認識されています.このことから,海外から輸入されたフチトリゲンゴロウについては,種の保存法により販売・譲渡が禁止されています.一方,どの生物種にも言えることですが,同種だからといって科学的な精査・議論を行わずに輸入された個体(別個体群)を野外に放すことも,生物多様性保全の観点からすべきではないでしょう.(田中良尚)


2) ウスイロヒョウモンモドキ,ツシマウラボシシジミについて  清水聡司氏(箕面公園昆虫館 副館長)

Q1:雄の蝶のダンス(ディスプレィ)で雌を求愛するときに,上手くいくときは,人間と同じように相性のようなものがあるんですか?飛び方や羽の形の違いとかが関係しているんですか?
A1:相性はわかりませんが,ツシマウラボシシジミでは,テリトリーをしっかり守れるオス,安定して根気よく飛び続ける体力のあるオスは,交尾成功率が高いようには感じています.(清水聡司)

Q2:先日オガサワラシジミの域外飼育個体群の途絶という衝撃的なニュースがございました.ツシマウラボシシジミもかなりのボトルネック効果がかかっていたと思いますが,何か違いがあったのでしょうか.
A2:遺伝的多様性が低いという意味では危険度はかなり高いと考えています.そのためのなるべく多くの個体から採卵をおこなうようにしています.また,多様性を維持するための次年度以降の方針も関係者で話し合いを行っています.ただ,幸いなことに現状はグリーンアノールのような成虫に対する直接的な捕食圧が新たに追加されてはいませんので,野外の保全区で細々ではあるようですが継続しているということも大きいと思います.(清水聡司)

Q3:累代飼育を繰り返すことによる障害を回避するためには自然界から新しい母蝶を調達する必要があると思いますが,ツシマウラボシシジミは生息地,個体数とも極端に減少していると聞いています.対策はどうされているのでしょうか.
A3:現在3施設で回していますので,交換で入れ替えることは可能です.また,自館で劣化を抑えて多様性を保つ試みについても話し合っています.(清水聡司)

Q4:絶滅危惧種の域外保全に関して,近親交配を避けるためのペアリング作業はかなり慎重に行う必要があると思うのですが,何かプログラムを使用してペアリング計画を立てているのでしょうか.それとも手作業で行なっておられますか.
A4:最も単純な方法はペア数を稼ぐ方法,さらにその際個体識別をおこなう方法などを試みています.ただ,これらの方法には限界があるため,ツシマウラボシシジミでは今後計画的な組み合わせ方法が検討されています.(清水聡司)

Q5:数多くの昆虫の中から域外保全をする昆虫はどのようにして選考されているのですか?
A5:基本的には環境省主導で専門家等のヒアリングや調査結果を元に優先候補が挙げられます.(清水聡司)

Q6:昆虫の保全に携わる活動団体のモティベーション低下を危惧なさっていました.それに対して「国」の支援もあるのですか.お話を聴く限り,そうは思えなかったのですが.
A6:限られた予算の中で保全団体への補助や,私たちのような飼育施設とをつなぐ努力はされています.ただ,なかなか隅々まで行き届かないのが現状です.また,継続した支援は今のところ難しいようです.(清水聡司)

Q7:域内保全でも域外保全でも,跡継ぎをする人の育成が大事だと思います.そのためには観察や調査や作業に子どもたちを含めた若い人の積極的な参加が望まれます.そのために具体的なアイデアがありますでしょうか?
A7: 恥ずかしながらまだ私には具体的なアイデアはありません.未だ地道に進むしかない状態です.私は,知らないものや興味のないものを大切にすることは出来ないと思っています.先ず生き物を,昆虫を好きになってもらえるような方向で話をしたり,プログラムを実施したりしています.科学ではありませんが,例えばチョウの幼虫を見て「可愛い」という感情が芽生えるだけでもプラスだと思っています.また,SNSを通じてこんな生き物がいますよと紹介するなど,とにかく知ってもらう,こちらを向いてもらうというところを大切にしています.以前,オガサワラハンミョウの保全に関わっていた際には小笠原の小学校で関係者が話をさせてもらいました.地元愛につなげられるような機会も大切にしたいと思います.そうしてこちらを向いてくれた子どもたちや若い方たちが育ち,私たちの後を担ってくれることを願っています.(清水聡司)

第2部 「アリと共棲するチョウの保全を考える」  上田 昇平氏 ( 大阪府立大学 大学院 生命環境科学研究科 助教 )


Q1:1つのアリの巣に,何匹くらいのシジミチョウの幼虫がいるのですか?
A1:多い場合だと4~5匹のゴマシジミ幼虫がひとつの巣の中で発見されたことがあります.しかし,チョウ幼虫の個体数が多いと,アリへのダメージが多くなるので,できるだけ巣内のゴマシジミは1~2匹程度に抑えられるようにすることが望ましいです.(上田昇平)

Q2:キマダラルリツバメなどのアリの巣に寄生するチョウは,世界で何種類ほどいるのでしょうか?
A2:アリの巣に寄生するシジミチョウの数は不明です.シジミチョウ科では約6000種が知られていますが,その内の100種以上はアリ類と緊密な関係を持つと推測しています.熱帯域では,成虫が見つかるものの,幼虫が何をしているか不明の種が,まだまだいます.
国際自然保護連合のレッドリストに掲載されているシジミチョウ約150種の内の1/3以上が好蟻性や肉食性を持つといわれているので,人知れず絶滅してしまった好蟻性のシジミチョウ種も存在するかも知れません.(上田昇平)

Q3-1:なぜ特定のアリとしか関係を持てないのでしょうか.
Q3-2:ゴマシジミと寄主アリに1種対1種の関係があるということは,ゴマシジミの放出する化学物質等にもそのような関係があるのですか?
A3:アリは巣仲間の認識に体表の化学成分(匂い)を使っていて,種や巣ごとにその組成が異なります.同じ「匂い」を持っている個体を仲間として認識して,攻撃しません.好蟻性シジミチョウの幼虫は,この化学成分(アリの匂い)を分泌して,アリを騙して巣内に侵入します.複数のアリ種の化学成分を分泌できるようなチョウ幼虫はいないので,1対1の関係が成り立つようになります.
ゴマシジミ幼虫は,この化学成分(アリの匂い)を分泌して,アリを騙して巣内に侵入します.(上田昇平)

Q4-1:アリに寄生するシジミチョウに関する質問です.羽化からアリの巣から脱出するまでの間にアリに襲われることはないのでしょうか.
Q4-2:好蟻性蝶は幼虫がアリを騙す器官を持っており,さらに生活環を見ると羽化後に巣穴を脱出し,成虫の状態で巣内を移動しているという事になりますが,翅をもつ蝶の成虫が蟻の巣内をどのように移動しているのか,また成虫も同じく蟻をだます能力があるという事か,など羽化から巣の脱出の行動について詳しくお聞きしたいです.
A4:成虫になると,幼虫と蛹が持っていた好蟻性器官が無くなるので,魔法が解けるように,アリから攻撃されます.
成虫になったら一目散に逃げるために,チョウ幼虫はできるだけアリの巣の出口の近くで蛹化します.
蛹から成虫が出てくる時,同時にアリの気をひくような化学物質が出てきます.アリが脱皮殻に気を取られているうちに,チョウ成虫は,一目散に巣の外に逃げます.(上田昇平)

Q5:キマダラルリツバメの生活史を見ていて疑問に思ったのですが,キマダラルリツバメが蛹の時は,アリに捕食されることはないのでしょうか?蛹ですと,身動きができないため不思議に思いました.
今後,保全活動するとしたとき,保全する土地の確保は課題となるのでしょうか?
A5:実は,サナギの体表面にもPCOという好蟻性器官がたくさん分布していて,アリを騙す化学物質を分泌しています.キマダラルリツバメのサナギは,常時,複数個体の働きアリに守られていて,食べられることはありません.(人為的に攪乱すると食べてしまうこともある).キマダラルリツバメの保全を行うためには,大阪府能勢町のクリ園の様に,昔ながらの,環境の維持・管理が重要になります.そのためには,「ヒト」と「カネ」が必要になりますので,経済的なことも考える必要があるので,もちろん土地の確保も重要なファクターになると思います.(上田昇平)

Q6:菌のターマイトボールはシロアリの巣へ卵に擬態するときにβーガラクトシダーゼやリゾチームを生産してシロアリの卵認識フェロモンをカモフラージュするそうですが,シジミチョウでは体表ワックスに分岐飽和炭化水素だそうです.葉からワックスを摂取してリポキシゲナーゼなどで化学構造を作り替えているのですか?
A6: シジミチョウ幼虫も,アリと類似した体表ケミカルを用いて,アリを騙しています.しかし,その化学成分をどのように産みだしているかの研究は進んでいません.しかし,卵から生まれたばかりの1齢幼虫も,アリと類似した化学成分を持っている結果は得られているので,おそらく,基本の成分は生得的に生産できるようになっていると考えられます.(上田昇平)

Q7:キマダラルリツバメの発生木が地域によってきれいに異なるのは,ハリブトシリアゲアリが木に拘らずに巣を作るため,各地域の適度な洞のある木が地域によって違うためでしょうか?
A7:ハリブトシリアゲアリは,樹種を選びません.重要なのは,半分枯死して,洞ができたような構造,すなわち,巣場所として利用できる株です.
福島では木材としてキリ,京都では景観要素としてサクラ,大阪では農業としてクリ,鳥取では防砂林としてクロマツを,人間が管理し,若木と古木の生産が文化的に繰り返されてきました.その結果,シリアゲアリの巣の頻度が高い状態が維持され,キマダラルリツバメの好適な生息地となったと考えられます.(上田昇平)

Q8:キマダラルリツバメの「占有飛翔」について質問です.調査時節において,クリは花の季節でしたので吸蜜も兼ねて縄張り飛翔しているのは分かりますが,花がシーズンオフのウメやカキノキも飛び回っているのは,ハリブトシリアゲアリが居そうな古木,産卵の適所を見繕っているのでしょうか?
A8:占有飛翔を行うのは雄です.樹冠にテリトリーをはって,他の雄が侵入したら追い出すという行動をとります.雄が寄主アリを認識しているかは不明ですが,発生木の近くでテリトリーをはる傾向があるようです.雌成虫は寄主アリを認識して産卵するので,寄主アリの巣の近くでテリトリーをはった雄が雌に選択されやすいかもしれませんね.(上田昇平)

Q9:台湾でのキマダラルリツバメの生息が発達している理由に,寄主アリの生息分布は関係しているのでしょうか.
A9:キマダラルリツバメ類の寄主アリとなるシリアゲアリ属の中心地は熱帯地域であり,寄主アリの頻度ということから考えますと,亜熱帯・熱帯の方がキマダラルリツバメの個体数が多いということになります.今後,台湾で,そういったことも調査していきたいと思っています.(上田昇平)

Q10:ゴマシジミとアリ,ワレモコウに相互関係があるのであれば,ゴマシジミのみが絶滅することは同時にシワクシケアリの減少にも繋がるのではないのですか.
A10:個体レベルから考えると,寄生者であるゴマシジミが少なくなると,受ける被害(アリの幼虫を食べられたり,チョウ幼虫に餌を与えて育てるコスト)が減少するので,寄主アリの数は増えるはずです.また,個体群レベルで考えても,ゴマシジミの絶滅が寄主アリの減少につながらないことが分かります.ゴマシジミの衰退が著しい中部山岳地域では,ゴマシジミは標高1000〜1200mの局所に分布に対している一方,ハラクシケアリは広域分布で,標高1000~2000mまで普遍的に分布しています.すなわち,ゴマシジミは,ハラクシケアリの標高分布の下限のみで発生しているといえます.ある地域でゴマシジミとハラクシケアリの局所絶滅が起こった場合,ゴマシジミにとっては個体群の消失であっても,ハラクシケアリにとっては分布域一部から撤退しただけとなり,個体群絶滅のインパクトは両者間で異なります.(上田昇平)

Q11:西中国山地におきましてゴマシジミの発生をみておりますが,これから保全をするには,どのような調査からはじめたらよろしいでしょうか.
A11:最初に,寄主アリを特定するのが重要と考えられます.私は,中国山地ではあまり調査を進めていませんが,中国山地にハラクシケアリが分布していることを確認しているので,最有力候補となりますが,ゴマシジミ個体群ごとに,寄主アリが異なる可能性があると思っています.(上田昇平) 

Q12:私も2008年に兵庫県某所でクロシジミの生息地を見つけ,以来毎年のように成虫の発生時期に定点観察を行ってまいりましたが,昨年・本年は成虫を1頭も確認することができずに終わりました.以前はクロオオアリは多くみられ,クロシジミの産卵シーン等の撮影時に必ずといってよいほど近くに一緒に写っていたのが,この2年はクロオオアリの姿を探してもそれらしき個体を1~2頭しか確認できなかったので,クロオオアリの衰退によってクロシジミの姿を見ることができなくなったと思われます.毎年のように野焼きも行われており,生息地の環境自体は当初から殆ど変わっていないように思えますが,クロオオアリが生息できる環境として何か重要なポイントをご存知でしたら,お教えいただければ幸いです.
A12:クロオオアリは,どこでもいるアリ種と思われがちですが,意外と生息環境が限定されます.
クロオオアリは雑食ですが,アブラムシの甘露,花蜜,樹液などの蜜餌を好みます.特に,樹木に取り付いたアブラムシの甘露が重要な餌源となりますので,樹木が全く無いと巣の数は少なくなると思います.
一面の草原よりも,比較的明るい疎林の方が適した環境になると思うので,それらの点を考慮されてはどうでしょうか?(上田昇平)

Q13:イギリス本土でシジミチョウ属の絶滅からの復活とありましたが,ヨーロッパのほかの地域でも同じような背景から回復した事例はあるのでしょうか.
A13:ゴマシジミ種と寄主アリの関係が分かっているペアでは,ヨーロッパの各地で,食草とアリの保全が行われて,個体数が増えている例が報告されています.日本における保全と復元もその一例に加われると良いですね.(上田昇平)

Q14:イギリスでのクシケアリの減少の原因は何だったのですか?そして特定のクシケアリを増加させるためにどのような事業を行ったのでしょうか.
A14: クシケアリの減少の総合的な要因は農業の変化に起因する環境の変化です.諸要因のなかで,寄主アリの減少に影響を与えたのは,牧草地の放棄,すなわち畜産の衰退であったと考えられています.
1950年代,イギリスでは,多くの羊が飼育されていました.羊は草をたくさん食べるので,草原の草丈は短い状態で維持されていました.その後,畜産が衰退した結果,草原の草丈が伸びてしまい,寄主アリに好適な環境ではなくなりました.その結果,特定の寄主アリはいなくなり,人知れず,近縁の他種アリがその場所に生息するようになりました.パートナーとなる寄主アリがいなくなってしまったアリオンゴマシジミは生息場所が無くなり絶滅してしまいました.
当時の保全団体の方々は,アリの同定が出来ずに,寄主アリが,他のよく似たアリ種に変わっていたことに気が付かなかったことになります.
その後,人工的に草を刈って,短い草丈を維持すると,寄主アリが復活して,そこに別個体群のゴマシジミを導入したら,個体数のV字復活が起きました.(上田昇平)

第3部 「チョウの個体数の近年の推移」



1)日本における絶滅危惧種の現状  中村 康弘氏(日本チョウ類保全協会 事務局長)

Q1:植生の遷移により環境は変わってきますが,人為的な環境の維持というのは難しいと考えています.行政は天然記念物指定などの法的規制しかやってくれないようなイメージがあります.私のようなアマチュア研究家でも調査・研究できる環境はできないのでしょうか?
A1:日本の生物多様性を保全する上で重要な里山は,もともと人為的に植生が維持されてきた場所のため,人為的な活動がなくなると,維持することは難しくなっています.ただし,人手をかけ続ければ維持することは可能です.行政の保全政策は,かつては種を指定するだけがほとんどでしたが,現在では,生息状況の調査のほか,具体的な保全事業も行うようになってきています.そうした場合に重要なのは,政策提言と協力体制です.その一環として、地域のチョウや昆虫の保全団体や当協会によるモニタリングなどは多くのアマチュア研究者によって実施されており,今後さらに調査や研究も重視される仕組みづくりが進んでゆくと考えています.(中村康弘)

Q2:ヒョウモンモドキの保護活動において環境を整備して,生息地を作り出す事はその地域の生態系を人為的に変化・破壊してしまうことに繋がりかねないと思うのですが.
A2:ヒョウモンモドキは,もともとそこにあった自然環境を復元しないと,良好な生息環境にはなりません.環境の整備は,過去に湿地であった場所で環境が変化してしまった場所を湿地に復元するなど,すでに環境が変化した場所をもとの環境に復元する取り組みとなります.つまり,ヒョウモンモドキの生息地の保全活動では,以前にヒョウモンモドキを含め、湿地性の生きものが数多く生息していた地域本来の生態系に戻すことに取り組んでいます.(中村康弘)

Q3:ツマグロヒョウモンは温暖化ということよりも,冬場のパンジーの多植による影響が大きいと考えるのですが?
A3:ツマグロヒョウモンの増加について,津吹卓氏が関東周辺での個体数の増加は,パンジーの入荷量と関係しているという報告をされています(「チョウの分布拡大」北隆館).温度上昇との関係については,ツマグロヒョウモンの幼虫は高温では発育が良好ですが,低温になると発育が遅く生存率が下がります.市街地では,地球温暖化に加えてヒートアイランド現象による気温の上昇もあり, パンジーの増加とともにツマグロヒョウモンの北方や内陸への分布拡大を後押ししているのかもしれません.(中村康弘,石井実)

Q4:高架線の下などの産業用の草地が草原性昆虫の重要な生息地になるという論文を見たことがあります.バイオマス利用だけでなく太陽光発電の草地が草原性昆虫の生息地になることは無いのでしょうか.
A4:草原性の昆虫の重要な生息地になるためには,その草原の植生が非常に重要になってきます.重機で大規模に改変された草原では外来種の侵入が多く,在来の植生が失われる傾向が高いため,在来の昆虫類の多くはいなくなっています.私の紹介した絶滅危惧種の生息地は,いずれも在来の植生の場所です.高架線の下の場合には,特に森林域を通っている場合には在来の植生のまま草刈り等の管理を行っているため,在来の植生が維持されている場合があります.一方,太陽光発電では一般的に,パネルが強風で飛ばないよう基礎を整備するために,重機で土地を改変しますので,その時点で在来の植生は失われます.また,パネルを反射する太陽光により,周囲の温度や湿度への影響もあり,植生への影響は無視できません.このような環境では,運動場や公園などと共通するような何らかの草原性の昆虫は生息できると思いますが,在来の良好な草原環境に生息していた昆虫が住み続けることは難しいと思われます.(中村康弘)

Q5:逆に高架下や太陽光発電場の産業地の草地がニホンジカの好適な避難場所と化してしまい,獣害や肝心のチョウ類の食草全滅を誘引しかねないという事例も観測されています(https://zaikei.co.jp/article/20200901/583222.html).試みとしてやる分には「発電機能維持の名目でも,生態系保全の観点でも,ノーメンテでコストかけずに放置したいのは山々でしょうけども,そういう訳にはいかないですよね」という議論の方向に持っていくしかないかな,と個人的には考えています.
A5:経済活動のための開発が重なるなかで,保全を議論する仕組みを作ることは難しいですが,おっしゃるとおり,それぞれが「全体の保全という公益性のために,保全にコストをかけないわけにはいかない」という社会的な合意を作ってゆくことが,現在必要なことだと思います.(中村康弘)

Q6:草原のような極相でない環境に依存する生物が衰退することはやむを得ないとは考えられないでしょうか.
A6:日本では,草原性の生物の生息地として,採草地など,人為的に維持されてきた場所が現在では重要になっています.草原性の生物は,人が里山環境を創出する以前には,河川の氾濫原や湿地,火山性の草原など,自然に成立した草原に生息していたと考えられます.そうした本来の草原の多くは,近年の人間による農地開発等によって失われました.そのうえで,里山環境の草原という代償植生までもが失われた結果,本来の生物多様性の一部が失われている状態だと考えていますので,人間によるこれ以上の多様性の消失は,防ぎたいと考えています.(中村康弘)

Q7:生物が減少する原因の一つに採集圧があげられていましたが,採集される個体は,生息域におけるごく一部の個体であり,直接の減少には多大な影響を与えるとは考えにくいと思うのですが,ご意見お聞かせください.
A7:かつてのように生物の生息地が連続的に広がっており,採集してもすぐに回復が可能であった時代には,採集圧が影響を与えることはほぼなかったと思います.しかし現在,生息地の連続性が失われ,さらに生息環境が悪化した結果,極度に個体数が少なくなった種では,採集による影響は大きくなります.(中村康弘)

Q8:皆さんが思う自然の魅力とはなんですか?なぜ自然を守らなければならないと思いますか?自然を大切に!という運動がありますが自然の価値をどれだけの人が言語化できるのか疑問ですし,自分もなかなか言葉に出来ません.
A8:私たち昆虫にかかわっている者は,多種多様な生き物が,さまざまな自然環境に生息していること自体に魅力を感じています.価値観は人によって多様ですが,たとえば、きれいな水や空気のような生態系がもたらすサービスなど,経済的価値に置き換えることは困難ですが社会にとって不可欠なものは,多く存在します.存在することが当たり前のものは,大きく失われなければ,その重要性に気づかないものです.影響が顕在化してからでは手遅れであることも多く,長期的な公益性を軸にして取り組みを進めているところです.(中村康弘)


2)普通種もいなくなる? - モニタリングサイト 1000 里地調査の結果から -  石井 実氏(大阪府立大学 名誉教授)

Q1:普通種が減少している理由と希少種が減少している理由は違うものなのでしょうか?
A1:危機要因は少し違うと思います.普通種の減少は,水田などの農地,里山の周辺,市街地などで起こっていると思います.害虫や雑草をいっさい許さないという文化が問題かもしれません.また,里山では野生鹿の増加による林床植生の衰退・多様性の劣化も関係していると思います.(石井 実)

Q2:温暖化が一因で北進していると言われる,南方系のチョウがいます.ナガサキアゲハ,クロマダラソテツシジミ,イシガケチョウ,ムラサキツバメなど多数の種類がいるようです.
逆に,北方系のチョウの中で,その分布域を北方に撤退させている種がいるだろうと思います.
しかし,北方系のチョウの北方への撤退の報告は,南方系のチョウの北進のケースに比較して,私は見聞する機会が少ないと感じます.
絶滅危惧,あるいは生息数が減少している北方系のチョウで,温暖化の影響を受けた種はいますか.
もしも,南方系のチョウの北進に比較して,北方系のチョウの北方への撤退のケースが少ないとすれば,理由がありますか?
A2: 地球温暖化に伴って,北方系のチョウは,その分布域の南側を失うという予測はされており,ヨーロッパでは,その気候変化によるチョウの分布の変化予測が行われており,「Climatic Risk Atlas of European Butterflies」という本にまとめられています.日本のチョウでも同様の研究が行われています.また,ヨーロッパでは,北方系のチョウの南限の分布域がすでに縮小している科学論文も出されています.日本では,例えば,渡邊通人氏によって,富士山周辺のギンボシヒョウモンの生息域が高標高に移っているという報告(日本産蝶類の衰亡と保護第7集)がされていますが,事例として報告は少ないと思われます.ただ,シータテハやキバネセセリのような種が中国地方や四国で衰退が著しい傾向がみられ,こうした減少に温暖化が関係している可能性が考えられます.また,気候変動に伴って,各種の異常気象が今までよりも高頻度となっており,そうした現象が日本でのチョウの保全の現場では絶滅危惧種に大きく悪影響を与えています.そのため,現時点では地球温暖化による温度の上昇よりも,異常気象による悪影響の方が大きくなっているのではないか,と考えています.温暖化で衰退が懸念されるチョウとして温帯系のギフチョウがあります.このチョウの産地の気候を調べると,最寒月の平均気温が4.6℃以下の地域に限られていることがわかりました(谷川・石井,2010).暖冬傾向が続くと,ギフチョウのように冬季に一定の寒さを必要とする北方系・温帯系のチョウは衰退する可能性があります.「チョウの分布拡大」(北隆館,2016)の総論で解析したように,北方系・温帯系の種で分布拡大傾向を示すものはわずかです.加えて,環境省のレッドリスト掲載種の8割以上が北方系・温帯系の種であることから,それらの種は分布を変化させるというよりは,従来の生息地の中で衰退している可能性があります.(石井 実,中村康弘)

Q3:里山の管理放棄で多様性が失われていますが,竹の侵入がかなり悪影響を与えていると思います.各地の整備活動で重点的に取り上げられていると思いますが,結構危機的な状況ではないでしょうか?どのようにお考えでしょうか?
A3:竹林も里山の一部ですね.竹林対策は各地で取り組んでいますが,苦戦しています.少しずつ,いいアイデアも出始めているのですが.やはり地元のタケノコや竹製品の利用を復活させるのがよいと思いますね.(石井 実)

Q4:一般の民である私たちがこれからも楽しく昆虫と共存していくためには,どのようなことに気をつけて生活して行くことがベストなのでしょうか・・・.
A4,:講演でもお話ししたように,昆虫類の衰退は世界的な傾向のようです.私たちが害虫と言って駆除してきた種も含めて,昆虫との接し方を変える必要があると思います.例えば,公園や庭の樹木に発生するイモムシやケムシも野鳥の生活を支えているわけです.以前,書いた「チョウの庭」(フレーベル館,1998年)では,私はチョウのことを「自然からのたより」と表現しましたが,それはまだ周囲に自然が残されていて,その状態に応じてチョウが庭にやってくることをイメージしたものです.しかし,ここまで自然環境が減少・劣化し,昆虫(害虫)の管理が厳しくなってくると,そんな悠長なことを言っていられないかもしれません.例えば,庭に花を植えてチョウを待つのではなく,庭をチョウの小さな生息場所(ビオトープ)にするという楽しみ方があるのではないでしょうか.私はいま,アゲハやモンシロチョウだけでなく,都市化に弱いジャノメチョウやセセリチョウ,タテハチョウの仲間などが発生する庭づくりに夢を膨らませています.コナラやススキ,ネザサなどを植えると里山のようになって管理がたいへんになるのはわかっているのですが.(石井 実)